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1,使い魔の主," かつて王宮の掃除役を務めていた「シルキー」が、まさか母上の使い魔であったとはな。生前の母上をよく知るパパシャンなら、どういう経緯があったのか知っているやもしれぬと、少し話を聞いてみることにした。むろん探索については気づかれないよう、それとなく、な。
 パパシャンが言うには、母上は大層な綺麗好きであり、王宮に入られてからも、ご自身の手で掃除をしていたらしい。これを見て慌てたのが侍女たちだ。王妃の手を汚してはならぬと、掃除道具を隠すことまでしたという。これに対して母上は、自らの手で掃除できぬならと知都出身の魔道士を招いて術を学び、共に巨大な清掃用使い魔を作り上げたのだとか。汚れありと見るや、銀冑団の近衛騎士すら追い立てて掃除を始める様は、なかなかに観物であったが、いつの間にやら王宮から姿を消していたとのこと。
 おそらく、共和派との対立が深まる中で、思い出の地を訪れる時間を取ることも難しくなり、保守を任せたといったところだろうか。しかし、母上も大胆なことをするものだ。清掃用に使い魔を作ることもそうだが、あれほどの力を持たせるとは……奔放にも程があろう!",70501,70401
2,誇り高き戦士の流儀," 今後の探索に役立つかと思い、わらわは王宮の書庫でシラディハに関する記録を紐解いてみることにした。だが、王宮で保管されている記録ゆえ、すでに承知している情報が出てくるばかり。しいて目についたものといえば、ゾンビー掃討の折、アマルジャ族と共闘したウルダハの兵が記した報告書ぐらいか。そこには、アマルジャの勇士とウルダハの兵とでは、戦い方に相違があり、連携をとることに難儀している旨が書かれておった。
 当時、シラディハ水道にあふれていたゾンビーは数が多く、強さにはばらつきがあったという。件の兵は、手ごろな個体から相手取り、まずは総数を減らすことに尽力すべきだと考えておったが、アマルジャ族は見るからに強力そうな個体へと戦いを挑んでいたそうじゃ。そこで、なにゆえそのような戦い方をするのか、アマルジャ族に尋ねてみたらしい。曰く、強い敵から相手取ることが己の力を示す最上の戦法だと考えており、弱い敵から倒すのは自信のなさの表れとみなすのだと。
 結局、彼らは互いの思想を尊重しつつ、各々の好む戦法を採ったという。すなわち、ウルダハの兵は弱い個体から狙ったということだ。果たしてこの情報が役立つ場面があるかはわからぬが、記憶にとどめておくことにしよう。",70502,70402
3,陽だまりの中で," 王族である父上と、小さな商家の生まれである母上が出会われたのは、商人たちとの交流を目的とした、王宮主催の晩餐会だったという。たちどころに恋に落ちてしまわれたというのだから、なんともロマンティックな話よ。そんなふたりが婚前に逢瀬を重ねた場所は、人目を気にせずにすむ「秘密の花園」であったと聞いたことがある。そこは、地下深くに埋没しながらも、陽の光が差し込む花園であったと……そう、まさに此度の探索で訪れた場所のことであろう。
 おふたりの婚約が発表された折、父上が母上にプロポーズをなさった場所はどこなのか、いろいろと噂が飛び交っていたそうだ。その騒ぎに乗じて、商売に利用する不届き者が後を絶たなかったとも伝わるが、ウルダハ商人の商魂たくましさは今も昔も変わらぬということだろう。真相は終ぞ明らかにならなかったそうだが、此度の場所を訪れてみて、どうりで見つからぬわけだと腑に落ちた。
 ザナラーンの乾いた砂に埋もれてなお、花々が芽吹く陽だまりの中で、若き日の父上と母上が仲睦まじくされている姿が目に浮かんでは、自然と笑みがこぼれる。おふたりのことを笑顔で思い起こせるようになるまで、ずいぶんと時間がかかってしまったものよ……。",70503,70403
4,鍵と約束," 銀細工の鍵は、5歳の誕生日に父上と母上からいただいたのだが、どこで使うのかは教えてくださらなかった。貴方が素敵なレディに成長したら、この鍵に守られている「思い出の場所」へ連れていってあげるとだけ、母上はおっしゃっていた。そして父上は、ウルダハにとっての「思い出」もまた、そこに眠っているのだと語られていたが、幼いわらわにとっては、「すぐに開けぬ贈り物」で焦らされているように感じられてな。当時はふてくされもしたが、今となっては、それもまた大切な思い出となっている。
 その後ほどなくして、父上と母上は、ザル神の御許へと旅立たれてしまった。前触れもなく両親と引き離されたわらわは、さまざまな思惑の渦中で王位を継承し、悲しみと不安に苛まれる日々を過ごすことになる。ときに熱く、ときに冷たい砂に足を取られながら歩み続けるうち、わらわは約束のことも、鍵のことも、そして思い出の場所のことも、すっかりと忘れてしまったのじゃ。
 5歳になったばかりの未熟な娘に、なぜこの鍵を贈られたのか。まもなくして訪れる「事故」を予感されていたのか、それとも……。おふたりの想いは、もはや知る術もないが、今この手に鍵が遺されていることに、きっと意味があるのだろう。",70504,70404
5,父上の悲願," シラディハ水道でのゾンビー掃討の折、共闘に応じたアマルジャ族によってザハラク戦陣が設営された。あれが本営ならば、此度の探索で発見した拠点跡は前哨基地といったところか。父上と母上からいただいた鍵で秘匿されていたとなると、父上の遺された日記にあった「アマルジャとの共闘の証」と、何か関係がありそうだ。
 生前、父上は「獣人排斥令」の公布に反対されていたという。一方で獣人排斥によって利権を確保しようとしていた共和派は、砂蠍衆による後押しを利用することで、王の意に反して新法の公布を強行。これに対して父は、世論を動かして抗おうとしたらしい。容易に捏造できる文献や記録ではなく、物的な「アマルジャとの共闘の証」を示すことで、人々に融和を訴えかけようとされたのだ。だが、その計画は、父上の「事故死」によって、実現することなく終わってしまった。
 その「証」が何であるのか、今もどこかに存在しているのか、わらわにもわからぬ。しかし、あの拠点跡にもしも手掛かりがあるとしたら……。親孝行のひとつもして差し上げられなかったが、アマルジャ族との融和の機運が熟した今、父上に代わって、悲願を果たすことはできぬだろうか。かの地で「証」の行方が、わかればよいのだが。",70505,70405
6,ウルダハが負うべき罪," 棺に納められていたアマルジャの勇士が、ゾンビーと化しておるとは。おそらく、ゾンビーとの戦いで受けた傷により、肉体を蝕まれたのであろう。
 人を死霊と化す禁忌の秘薬「ゾンビパウダー」。かつてウルダハは、自国の呪術士が作り上げたこの非道な秘薬を、シラディハとの戦争に利用した。しかも、時の王ササガンIII世は、シラディハ側が自国民を不死の兵とするために開発したものだと虚偽を流布した上で使ったのだ。その罪を巡って、のちにササガンIII世はソーン家から告発を受け、第一期ウル朝は終焉を迎えるわけだが……その嘘偽りは、今もなお通説となり根付いている。
 ウル朝の権威を保ちたい王族の意図、呪術士と強く結びついたナル・ザル教団の思惑、様々な想いが歴史を嘘で塗り固めてきた。自らが棲まう都が、非道な行いによって破壊された都の上に築かれたものであるという事実は、多くのウルダハの民にとっても認めがたいのであろう。しかし、過去をふりかえらねば、正しく明日へと歩むことなどできまい。あのアマルジャ族の姿を思い出しては、ウルの名を継いだ女王として責任を感じずにはいられぬ。イシュガルドのように、たとえ苦しむことになっても、歴史を書き戻す時が来ているのではないだろうか。",70506,70406
7,祈りとミルラ," シラディハ水道での一件に関して、アマルジャ族に尋ねたいことがあったのだが、彼らとの定例会議の折に、議題として提示するわけにはいかなかった。わらわがこっそりと王宮を抜け出して調査を行っていたことが露見すれば、協力してくれたあの者にも迷惑がかかってしまう。
 それゆえ、会議を終えたあとのひととき、出席していた酋長と他愛ない「雑談」を交えることにした。ウルダハ領内において発見された棺から、ゾンビーと化したアマルジャの勇士が現れたことを説明し、その者をどう弔うのが正しいのか、アマルジャ族の流儀を知りたいのだと、教えを乞うたのだ。すると酋長は、何であれ、勇士の眠りを妨げぬことが重要であると語ってくれた。蓋を開けて、中を確かめるようなことはせず、まずは棺へ向かって祈ることが肝要であると。「猛き御霊に一礼し、黙祷を捧げて、その武勲によってもたらされた勝利を喜び、敬意をもって膝をつくべし」……これが、戦場で散った同胞に捧ぐ、弔いの手順だという。そして、最後にミルラの香を焚いてやれば、御霊は浄化されるそうだ。
 こうして話を聞くたび、アマルジャ族について知るべきことはいまだ多いと痛感させられる。彼らの文化や慣習に触れて、理解を深めていかなければな。",70507,70407
8,ウルダハとシラディハ," ベラフディアから分裂し、対立を深めていったウルダハとシラディハ。その結末は歴史に語られる通り、ゾンビパウダーによるシラディハの滅亡によって幕を閉じた。のちに、ウルダハはシラディハの都があった場所へと遷都したゆえ、現在の都周辺や地下深くには、かの国の遺構が残されておる。上下水道を整備した折にも遺構を利用したため「シラディハ水道」と名付けられたそうだが……両国の対立が水源を巡る争いで激化したことを思えば、なんとも皮肉めいたものを感じずにはいられぬ。
 遺構を利用した水道ともなれば、別の遺構へ繋がっていたとて不思議ではないが、まさかシラディハの王宮らしき場所へと続いていようとはな。地上に露出していたなら、ザナラーンの熱い日差しと砂含みの風に晒されて、風化が進んでいたことだろう。しかし、地下深くに埋没していたおかげで、まるで時が止まったかのように保存されていた。
 あれほどまで状態のよい遺構は、そう簡単には見つからないだろう。それゆえ、史学者たちにとっては、重要な調査対象となるはずだ。ただ、あの入り組んだ水道に惑わされては、あの遺構へとたどり着くのは難しかろう。まずは道のりを整えてやらねばな。",70508,70408
9,国旗に掲げるもの," シラディハの国旗を目にしたとき、ウルダハとシラディハの初代国王が双子であったことが改めて思い起こさせられた。しかし、両国の国旗が似通っているのは、なにもそれが理由というわけではない。ベラフディアの時代、審理の天秤には聖火と葡萄が並んでおった。のちに、ウルダハは力を象徴する聖火を、シラディハは知恵を象徴する葡萄を受け継ぎ、富を示す宝石と力を示す大兜によって、それぞれ天秤の均衡を図ったという。そうして、両国がベラフディアと類似した国旗を掲げたのは、自国こそが正当な後継者であると主張するためでもあったのだ。
 双方とも「力」を国旗に掲げてはいるが、ウルダハの力は「魔法」であり、シラディハの力は「武術」と、その性質は大きく異なっておる。我が国のコロセウムに集う剣闘士たちの在りようは、かの国の掲げる「力」に近しいものやもしれぬな。
 今にして思えば、最後に待ち構えていた無骨なガーディアンは、かの国らしい様相であった。頭部を守る大兜に施されていたのは、繊細な葡萄の装飾。そして、シラディハの天秤と同じ白銀色の体は、薄暗い地底にあってなお、眩く輝いておった。だが、とうにシラディハは滅びておるというのに、仕える主を失ってなお王宮を守り続けていたとは、物悲しいものよのう。",70509,70409
10,母上の瞳," 長年、地中深くに封じられていた遺構に、盗掘者が入り込んでおったとは驚いたものよ。入口の扉以外に、侵入できそうな場所など、見当たらなかったというのに。だが、あの複雑な構造を思えば、未だ把握できていない入口があっても不思議ではないか。
 それにしても、盗掘者が残していったのであろうあの走り書き……今にして思えば、「ナナシャマラカイト」を示していたようにも感じる。それが秘された場所へと至る鍵なのだろうか。だが、よりにもよってナナシャマラカイトとは、まったく複雑な気持ちにさせられる。
 第七霊災後の復興特需に対応するため、再開発が進んだカッパーベル銅山……そこで産出される高品質のマラカイトに「ナナシャマラカイト」と命名したのは、ウルダハの宝石商たちであった。母上がご健在ならまだしも、亡くなられた後になってその名を引き合いに出して商売をされては、不快感を覚えるのも当然であろう。
 だが、ナナシャマラカイトが献上された折、不覚にも、その柔らかな輝きが母上の優しい瞳と重なって見えてしまった。あの美しい翠を前にしては、悔しくも、その名を認めるほかなかったのだ……。",70510,70410
11,ソーン朝の宝物庫," 遺構で見つけた紙切れの裏面には、「シラディハ水道」「ソーン朝」「保管庫」という単語が走り書きされておった。盗掘者は、ソーン朝時代の保管庫がシラディハ水道にあるとでも考えていたのか。だが、ソーン朝は清廉潔白さで知られていた。現在の第二期ウル朝への移行ですら、ソーン朝の王の意向によるものであり、王家の財宝を不法に持ち出すようなこともなかったと伝え聞く……。仮に、ソーンの一族が財宝をいずこかへと隠したのだとしても、ウルの一族に同意を得ていたことだろう。だとすれば、歴代のウルの王たち、そして父上は何かご存じだったのやもしれぬ。
 父上は、あの鍵を贈ってくださった折、ウルダハにとって重要な「思い出」が鍵に守られた地に眠っているとおっしゃっていた。そして、それを成長したわらわに見せたいと……もしや、それのことなのだろうか。
 いろいろと考えを巡らせてはみたものの、どうにも憶測の域を出ぬ。少なくとも此度訪れたあのシラディハの王宮らしき遺構に、それらしい場所は見当たらなかったが、父上のお言葉を踏まえれば、どこかに未だ眠る何かがあるのやもしれぬな。",70511,70411
12,父上と母上からの手紙," シラディハ水道で発見したのは、財宝が眠る保管庫だった。残されていた目録の冒頭には、「民と隣人のためにウル王家へと引き継ぐ」という宣言とともに、ソーン朝最後の王の名が記されている。続くページには歴代の王たちの名が連なり、その最後、父上の署名が記されたページには、色褪せた一通の手紙が挟まれていた。「この手紙を読む者が、愛しき娘ナナモであることを祈る」……それは、まごうことなき父上の筆跡であった。
 手紙には、この保管庫が王位継承者のみぞ知る場所であり、ソーン朝時代の「アマルジャ族との共闘の証」が保管されていると書かれていた。本来ならば王から王へと口伝される事柄だが、万が一の事態に備えて、手紙に遺されたのだという。
 「ナナモは、どんなレディに成長したのだろうか。女王としての道は、お前を苦しめることも多かろうが、どうかこれだけは覚えていてほしい。お前は女王である前に、私たちの大切な、自慢の娘だ。今日もお前が柔らかな桃色に頬を染め、はにかんだ愛らしい笑顔を浮かべていることを、私たちは何よりも願っている。」……父上と母上の署名で、手紙は締めくくられていた。
 父上、母上……どうか、どうか、ご安心ください。わらわは今、この瞬間を、笑顔で過ごしております……。",70512,70412
13,陰陽師の失せ物騒動," かつて、抜きんでた腕を持つ陰陽師の男がおりました。彼は呪具作りにおいて才を示す一方で、どこか抜けたところがあり、作った品をいくつも紛失していたそうな。そこで男は、必ず主の下に戻るという術を施した「失せ物防ぎの箱」を作り、呪具の保管に用いることといたしました。おかげで、箱ごと盗まれてしまった折にも無事に手元へと戻ってきたものの、それはあくまで箱だけのお話……悲しいかな中身の呪具は、すべて持ち去られていたそうです。
 この陰陽師が作った失せ物防ぎの箱が、聖浄院にはいくつか存在しているとトキモリさんが仰っていました。それらの箱には呪具の力を抑え込む術もかけられていたそうで、「吸血の妖刀」や「萌木の土偶」といった品々を収めて管理していたようです。私が回収したものは前者の刀箱でしたが、後者の土偶を収めた箱は此度の騒動もあって行方知れずとのこと。くだんの土偶は、儀式用の小さな社に頭を垂れてから安置することで、周囲の草木に活力を与え若返らせる力を持つそうで、聖浄院では御神木の保護に用いていたのだとか。ただし、この土偶は扱い方を誤れば力が暴走し、お山に悪影響を及ぼすそうですから、見かけたら回収したほうがよいかもしれません。",70513,70413
14,血濡れの妖刀," ひんがしの国が乱世であった頃のこと、数々の敵将の首を討ち取る一騎当千の荒武者がおりました。名をモウコ、猛々しき虎の如き常勝の猛者ではございましたが、あまりの強さゆえに主君が謀反を警戒……闇討ちに遭い、奪われた己の愛刀で首を落とされてしまったのです。そんな荒武者の恨みか、あるいは、これまで斬られてきた者たちの怨念か、その刀身は真紅に染まり、紙で拭いても研ぎなおしても、決して元の色には戻りませんでした。さらには、霊山の清水をもって浄化を試みるも、むしろそこから霊力を得ることで恐るべき妖刀と化し、手にした者を凶行へ駆り立てたのだとか。
 この逸話における霊山とは、言わずもがな六根山のこと。実際、山奥には清水で満たされた湖があると、トキモリさんも仰っていました。その一帯は山中でもとりわけ霊力が濃く、重要な品々を奉納する社も置かれているようです。「いわくつきの品」が収められている可能性は、高いと言えるでしょう。しかしながら、社へ至る方法を知るのは高僧のみ……そして、此度足を踏み入れた場所にはそれらしき社は見当たりませんでした。今できることがあるとすれば、ほかの道を試すことぐらいしかなさそうです。",70514,70414
15,鎧は黙して語らず," 戦国期に最強の名をほしいままにした荒武者モウコ。彼が生前に着用していた具足一式は、子孫によって大切に受け継がれておりました。ところがある日の朝、蔵で保管されていたはずのモウコの具足が、血まみれの状態で屋敷の庭にて発見されます。しかも、その横には物取りらしき男の死体がひとつ……。人々は先祖の霊が具足を纏い、蔵の財貨を守ったのだと噂しましたが、持ち主であるモウコの子孫にしてみれば、いつ動き出して暴れるのかと不安を感じずにはいられません。悩みに悩んだ末に、子孫たちは家宝たる具足一式を聖浄院に献納したと伝えられています。
 東方では「万物に神が宿る」と申しますが、その実、自然発生したゴーレムやスプライト、あるいは妖異や死霊の類、はたまた霊性を獲得した瑞獣といった様々な存在が一緒くたに語られているのではないか、などと考えてしまいます。くだんの具足一式は、そのいずれであったのか。討ち果たされた今となっては真偽の程はわかりませんが、そこは霊力豊かな六根山。濃密な環境エーテルを吸い上げたのか、具足を依り代とした存在も、異様な巨体に膨れ上がっておりました。逸話に伝わる物取りのように、斬り伏せられずに済んだ幸運を、噛み締めている次第です。",70515,70415
16,刀鍛冶の立身出世," シシュウ北部で農具を作っていたナナクサという名の男が、のちに刀鍛冶として広く知られるようになった成功物語は、ひんがしの国では定番の語り草。特に有名なのは四聖獣に着想を得た四振の連作……うち二振は、鎧の怪異が手にしていた「赤帝」と「青帝」であり、残りは「白帝」と「黒帝」と呼ばれている二振だそうです。これら四振は、その美しい刀身もさることながら、男が刀鍛冶として頭角をあらわすきっかけとなったゆえに、立身出世のご利益があると考えられているそうな。ちなみに「白帝」は、かの名刀「風断」と比較して語られることも多いと聞きます。
 ツバキさんいわく、ナナクサが六根山付近に鍛冶場を構えていた影響で、シシュウ北部には鍛冶師が集まるようになり、今では名刀の一大産地となっているのだとか。そうして火を扱う職人が集うにつれて、火の神にまつわる祭事もまた増えていったようです。その筆頭と言えるのが、3つの灯篭に鍛冶師たちが火を灯す「三灯祭」……これは、過去・現在・未来の作に力が宿るようにと火の神に祈願する、という儀式のようですね。所以は様々ながら、「三」を縁起の良い数字と考え、ゲン担ぎとしてその数字を用いる、という説もあるそうです。",70516,70416
17,楽器職人と美しき奏者," むかしむかしの話……ある職人が、自身の技のすべてを注いで「琵琶」を作ったそうな。あまりに見事な出来栄えに、並の奏者には譲れはせぬと渋った結果、お眼鏡にかなう者が見つからぬまま、月日だけが流れるばかり。ようやく使い手が見つかったのは、職人がすっかりと年老いた後のこと。ふらりと現れた奏者の女が、月の如く美しき一曲を披露してみせ、使い手に相応しきことを証明したというのです。以後、琵琶を手にひんがしの国を練り歩いた彼女は、名演に次ぐ名演で人々を虜にしていきましたが、職人が天寿をまっとうするやいなや、琵琶共々行方知れずとなったのだとか。人々は彼女の演奏を懐かしみながら、あれは「琵琶の付喪神」だったのではないかと噂したと伝えられております。
 付喪神の在りようは様々で、顕現の仕方の違いもあれば、起こる事象の善し悪しも異なるようです。一般的に「いわくのある品」とは、そもそもが名品逸品の類であるため、好事家からの人気が高く、それに付喪神が宿るともなれば、さらに価値は跳ね上がるもの。ただし、それは琵琶のような善き付喪神にかぎってのこと。悪しき付喪神ならば、いっそ祓われてからのほうが買い手が見つかるという実情もございます。",70517,70417
18,欲に負けた娘," とある農村に信心深い娘がおったそうな。不作となった年のこと、娘は腹を空かせながらも神々への供え物だけは欠かさず、豊作を祈願し続けたと言います。すると、ある晩に娘の夢に神仙が現れ、目覚めると不思議な小槌が枕元に置かれていたのだとか。これこそが「打ち出の小槌」。娘が祈りながら小槌を振るうと、湯水のように米が流れ出てきたと言います。かくして救われた娘でしたが、しだいに祈りも忘れ傲慢になり、大判小判を出して豪遊するようになっていきました。派手に遊べば噂が広まるのも道理、結局、彼女は小槌を奪わんと現れた赤鬼に殺されてしまったそうです。
 小槌がなくともギルを増やす術はあると考えてしまうのは、商人だからでしょうか。ふと思い出すのは、私がウルダハの裏通りで暮らす孤児だったころ、初対面のロロリト会長から大量のギルを渡された日のことでございます。会長は「目利きの小僧がいると聞いて来た。1日でそのギルを倍にしてみせろ」と仰いました。相手が誰なのか理解しておりましたので、素直に倍額にしてお返ししたところ、会長は私を東アルデナード商会へと招いてくださったのでした。逸話の娘のように欲に目がくらみ、大金を手に豪遊していたら……どうなっていたのやら。",70518,70418
19,提灯お化けが照らす先," 月が雲隠れした、ある晩のことでございます。夜回りの侍たちが暗い通りを歩いておりますと、遠くに提灯の明かりが見えたそうです。こんな夜更けに誰かいるのだろうかと思い、彼らは近づいていきます。しかし、そこに人影はなく、火の灯った提灯だけがぽつんと置かれておりました。不審に思いながらも、火事になっては困ると侍が提灯へと手を伸ばしたとたん、周囲に無数の鬼火が浮かび上がったではありませんか。怖れおののく侍たちを後目にあざ笑うかのような声が響いたかと思うと、今度は何事もなかったかのように明かりが消え、辺りは暗闇に戻ったのでした。
 これはひんがしの国に伝わる、一般的な「バケチョウチン」の物語でございます。大抵の場合は人を驚かせただけで終わる存在ではありますが、六根山で現れたものは襲いかかってきましたから、少々意外でした。トキモリさんによれば、高僧が代々使っていた品とのことでしたので、侵入者である我々から聖浄院を守ろうという意思が働いたのかもしれません。そして、物言わぬ提灯に戻ったそれを改めて調べてみたところ、東方の文字で「宵闇に灯る標、火の神の祭事に従い、黄金の道を照らせ」と記されておりました。この言葉が何を示すのか、少々気になるところではございます。",70519,70419
20,働き者の勇気," 六根山近くのある農村で、働き者の青年が畑仕事に精を出しておりました。そんな彼の手を止めたのは、誰かの大きな叫び声。顔を上げたところ、不気味な獣が村民を今にも襲おうとしているではありませんか。近ごろ、いくつもの村落を荒らしては人を食らう獣についての噂を耳にしていた青年は焦ります。このままでは仲間の命が危ない……彼は勇気を出して獣に農具を投げつけたのです。すると見事、急所に命中し、怯んだ獣はあっという間に、お山のほうへと逃げていきました。この出来事をきっかけに、厄除けと豊作を祈願して、獣に見立てた藁束に農具を投擲する祭りが村に根付いたと言われております。
 それはそうと、今回持ち帰ってきた農具ですが、驚いたことに「ナナクサ」と銘が刻まれておりました。この人物、刀鍛冶として知られているのですが、若いころには地元の農民たちに仕事道具をこさえることで生計を立てていたとか。ロウェナ商会お抱えの鍛冶師が、日々、酒代のツケを払うためにヤカンを打っていると聞いたことがありますが、それと似たようなものでしょうか。ちなみにナナクサに関しては様々な逸話が残っていますが、たいそう「四聖獣」を好んでいたそうで、立派な彫像を鍛冶場の四方に飾っていたと聞いたこともあります。",70520,70420
21,武人の誉," ひんがしの国の各地には、地震を鎮めるため「要石」なるものが配されています。我々が訪れた六根山にも要石があり、次のような逸話が残されているそうです。あるとき巡礼の武人が要石に手を合わせていると、突如として身体に農具が刺さった奇妙な獣が現れ、襲い掛かってきたとのこと。とっさに応戦した武人が愛用の「薙刀」を突き刺したところ、獣はのたうち回って要石に激突……すると不吉な地鳴りが響き渡ったそうです。まさか大地震が起こるのではと驚いた武人が得物から手を離すと、獣は薙刀が刺さったまま一目散に逃げていったそうです。のちに武人が、獣の血で汚れた要石を拭うと地鳴りが収まり、それ以上の災いは起きなかったのだとか。
 この逸話には諸説あり、武人が獣を討ったとするものや、獣の不気味な鳴き声が地鳴りを引き起こしたというものもございます。ひんがしの国は古くより地震が多い土地柄であるためか、災いを神格化したような異形の存在と戦う物語も多いようですね。実際、シャーレアン魔法大学の研究者の中には、要石は一種の魔器であり地脈の結節点に配置することで、その流れを安定化させる効果があると大真面目に主張している方もいるようですよ。",70521,70421
22,修行僧の封印術," その日、六根山の奥地で修行僧が瞑想に耽っておりました。風はなく、葉擦れの音すら聞こえない静けさのなか、ふいに聞こえてきたのは草を踏みしめる音。誰かが自分に用でもあるのだろうかと思った僧が目を開くと、そこには農具と薙刀が刺さった怪異の姿があったのです。それが瑞獣ヌエの王とされる「獅子王」であると気づき、僧は錫杖を手に構えました。手負いの獅子王は懸命に生きようとしていましたが、これまで多くの人を襲ってきた怪異を野放しにするわけにはまいりません。僧は激しい攻防の末に錫杖を突き立てると、獅子王を岩石へと封じました。のちに僧は、この封印を監視するために「聖浄院」を開いたとも伝えられております。
 錫杖とは単なる杖ではなく、音によって魔を払い、ときに脅威から身を守る得物にもなり得る品。かの僧のように戦うことができない私でも、身体を支える役割には使えたはずですから杖の一本でも持っていけば、もう少し楽に六根山を登り切ることができたのかもしれません。とにもかくにも、体力なき私でもどうにかなる程度の冒険で済んでよかったとも思います。もしも此度の探索で、積み上げられた木箱や絶壁をよじ登るような事態となっていたなら、お手上げ状態になっていたところです。",70522,70422
23,願わくは花の下にて," あるところに、若くして愛する妻を亡くした陰陽師がおりました。離別の悲しみが癒えぬまま彼が年老いていくと同時に、ふたりの婚姻にあわせて植えた桜の木もまた、年々つける花を減らしていきます。せめて、思い出の桜だけでも健やかであってほしいと、彼は切実に願いました。すると、彼と同じく陰陽師であった妻が生前に作った形見の「土偶」が輝き、桜の木を若返らせてみせたのです。妻に慰められているように感じた彼は心を持ち直し、その桜の面倒を見ながら余生を過ごすと、満開の花に寄り添うようにして穏やかに生涯を終えたと言われております。
 桜と聞いて思い出されるのは、我々の前に立ちはだかった「ヨザクラ」という忍者のことでございます。彼女は「花隠れ」と呼ばれる一族の末裔として育ち、花を扱う特殊な忍術を継承した手練れであったと、ツバキさんは仰っていました。どうやら、ウズミビ様が六根山へ派遣した臣下のひとりであったようです。トキモリさんのお話によると、騒動のさなかで人々の避難に助力していた彼女は、逃げ遅れた稚児をかばい、怪異に殺されたそうなのですが……その亡骸を何者かに操られでもしていたのなら、何とも痛ましいことです。",70523,70423
24,骨董品「大煙管」," 「大煙管」は、持ち主を幸福に、あるいは不幸にするという、相反したいわくが長く語られておりました。しかしながら、実際にはそのような力を宿しておらず、手にした誰もが、己に降りかかる幸不幸の理由を大煙管に求めたにすぎなかったのではないか、私にはそう思えてなりません。かような「眉唾物」であっても、ゴウライの底知れぬ物欲と、六根山の豊かな霊力が加われば、付喪神を宿すに足るというわけです。さて、それを手にしたゴウライは、最期の瞬間まで愛する骨董品に囲まれて、幸福だったのでしょうか。それとも、欲を満たしきれぬまま怪異と成り果てて、不幸だったのでしょうか。
 結局のところ、幸福か不幸かなど、「気の持ちよう」で左右されるものだと私は考えております。現に、孤児という私の生い立ちは、一般的には不幸な部類なのでしょうけれども、私は自分を不幸だと思ったことなどございません。むしろ、その幼少期に商いを学び、多くの人や物と出会い……積み重ねてきたすべてを振り返ってみれば、「そう悪くない半生であった」と感じるのです。これまで己の幸不幸を測るような真似はしてきませんでしたが、少なくとも今の私は幸福であると言えるでしょう。",70524,70424
25,使い魔と襲撃者の正体,"『妙なヒトが、グハーシャヤみたいな動く木像をけしかけてきて、すごく怖かっただす!』
 動く木像と聞いて、最初はゴーレムの類が浮かんだ。東方地域では、木製の絡繰りゴーレムが戦闘に用いられていると聞いたこともある……なんて、疑問をぶつけたところ、カリカが答えをくれた。アロアロ島には、かつての住民によって生み出された「クアクア」と呼ばれる一種の使い魔のような存在が遺っているという。おそらく、動く木像の正体はクアクアだろうとのことだった。ほかにもクアクアに類する存在が島には残っているようで、不用意に触れようものなら敵対行動をとる可能性があるから、見かけたら気をつけたほうがいいという。
 南洋諸島が発祥の「巴術」において、宝石は「物質と生命の中間的なもの」とされている。だからこそ、使い魔の核として宝石が使われているのは、広く知られていることだ。そんな宝石と同じく、考えようによっては木材もまた「物質と生命の中間」と言えなくもない。つまり、宝石の利用が進む以前の古式巴術においては、木材を核とした使い魔作りが一般的だったということだ。そんな遺物をけしかけてきたというのだから、マトシャたちを襲った「妙なヒト」は、巴術の心得のある人物だったのだろう。",70525,70425
26,アロアロ島の入植者たち,"『アロアロ島は自然豊かで、周辺の漁場もサベネア島に負けず劣らずで……なのに、どうして誰も住んでいないんだすか?』
 アロアロ島は美しい島だけれど、土地が狭く環境の変化が起こりやすく、天然資源も限られている。そうした環境は、得てして自然災害に弱いものだ。歴史上、無人化と入植が繰り返されてきたという話も頷ける。
 カリカがかつての島民から聞いた話によると、確認できる最古の住民は第四星暦末期には、あの島で暮らしていたらしい。でも、大氷雪時代とも呼ばれる第五霊災が到来すると、彼らは島に神子像を遺してこつ然と姿を消す。痕跡はあるのにその正体はまるでわからない、いわゆる「忘れられた人々」だ。
 時は流れ、第五星暦時代に住み着いた人々は航海術を得意としていた。のちにその一部がバイルブランド島まで渡り、「ニーム」という都市国家の建国に関与することになる。しかし、第六霊災でニームが壊滅すると、アロアロ島まで子孫が逃げ延びてきたという。そして第六星暦時代には算術を発展させて、その一部がふたたびバイルブランド島へと渡り、「巴術」を広めたりもした。結局、100年前の海底火山噴火で再びアロアロ島は無人となったけれど、「歴史は繰り返す」なんて言うから、いずれまた入植が行われるかもしれない。",70526,70426
27,海と空を巡る神,"『遭遇した巨大なクジラは、サベネア織みたいな綺麗な色で……でも、とんでもなく凶暴で恐ろしいやつだっただす』
 南洋諸島には、空を飛ぶクジラにまつわる伝承が今も伝わっているという。特に「ショックモー」という名が有名だが、カリカによればアロアロ島では「ケトゥドゥケ」と呼び、神の使いとして彫像を祀っていたらしい。つまり、マトシャたちが遭遇したのは、その「ケトゥドゥケ」だったのではないかというのだ。そう聞かされたマトシャは、神様の使いを倒してしまってよかったのか、何か悪いことが起きてしまわないかとオロオロしていた。これに対してカリカは、祟りが心配ならクジラの彫像に祈りを捧げるようにと提案していたので、マトシャたちのために手順を書き記しておこうと思う。
 まず、神々の彫像が並ぶ場所を見つけたら、クジラの彫像の前で「水平線を渡る神よ」と唱えることで、祝福が得られるという。そして、神々の彫像を時計回りに1周、続けて反時計回りで1周巡り、クジラの彫像の前で踊りを披露することで、祈りの儀式は完了するそうだ。細かな作法こそ違えど、自然界の動物を神聖視する信仰は、多神教のサベネアとも少し似ているように感じられた。",70527,70427
28,毒食みの魚,"『すごく引きの強い魚だったから、漁師であるオラにとっても激しい戦いになっただす!』
 マトシャが釣ってきた「ドラコバラクーダ」は、餌から得た毒素を体内に蓄積させる特性があるから、食用には向かない魚だ。生来の有毒生物ではないから、食べられる個体がないわけではないけれど、危険を冒してまで挑戦するような人は……いや、効能を調べるために、無謀にも未知の素材を口にして命を落とす錬金術師だっているぐらいだから、この魚を食べようとする人がいてもおかしくないか。とにかく幸いにも、この魚はデミールの遺烈郷に保管されている錬金素材の図録に記載があったから、僕は無茶な冒険を回避することができた。
 どうやら、ハンサの毒腺から得られる毒液と同様、この魚が蓄える毒も錬金素材として使えるようだ。自然を豊かにする力のおかげで餌も多かっただろうから、たっぷりと毒を抱え込んでいそうだ。さらに、カリカが教えてくれた話によると、かつての島民たちは、毒を持った海藻や小魚を餌として食べて処理してくれるこの魚に感謝していたのだとか。釣ってしまった場合は、お礼の言葉とともに海へと送り返していたみたいで……持って帰ってしまって、よかったのかな?",70528,70428
29,算術と巴術の痕跡,"『途中に咲いてる赤い花がすごく目立つぐらい、緑でいっぱいの場所だなぁ……って眺めてたら、進んだ先で木彫りの不思議な人形に遭遇して驚いただす!』
 今から100年ほど前、アロアロ島の近海で海底火山が噴火した。津波が押し寄せた上に、噴煙によって長期間にわたり日光が遮られ環境は激変、当時の島民は住み慣れた故郷を離れるという苦渋の決断を迫られたという。津波の被害を運良く逃れた船も、噴火で生じた大量の軽石に阻まれ、島を出るのもひと苦労だったようだ。
 さらに、アロアロ島には算術を用いた研究記録や、その後に成立した巴術にまつわる魔道書など、大量の成果物であふれかえっていた。それらをすべて持ち出すことは困難だったようで、マトシャたちが遭遇した木製の人形「ララ」を筆頭に、置いていかざるを得ないものは少なくなかったのだとか。ララは現存していたようだけれど、書物の類はほとんどが自然に呑まれ、月日が流れていくうちに跡形もなくなってしまったのだと、カリカが言っていた。
 今やアロアロ島は無人だけれど、南洋諸島には現在も人が暮らしている島がある。そういった有人の島には、避難の際に持ち込まれた資料や文献が今もなお残されていたりするのかもしれない。",70529,70429
30,大樹のもとに集う人々,"『サベネア島にも大きな樹はあるけど、あそこまで巨大なのはないだす。あれも、自然を豊かにする力の影響……?』
 その巨大な樹は、カリカが生まれたときにはもう、アロアロ島に在ったのだとか。その周辺には算術を志す島民たちが集まり、ひとつの集落を形成していたようだ。彼らは「神子の宝玉」が持つ「自然を豊かにする力」の秘密を算術的に紐解こうと、日々研鑽を重ねていたという。その研究の副産物として生み出されたのが、大樹に刻まれている「魔紋」の数々。カリカの話で気になったのは、魔物の血からエーテルを取り出して植物の成長を促すという魔紋だ。魔物4体分の血があれば大樹の枝を伸ばすこともできるというから、活用できれば新しい道を拓けるかもしれない。
 でも、宝玉の力を調べていたのなら、それを持つ神子像が置かれた「祭祀場」を拠点としなかったのはなぜなのだろうか。カリカに尋ねてみると、祭祀場には不思議な力……おそらくは、かつての島民である「忘れられた人々」の魔法がかけられていたようで、常に濃霧で閉ざされていたのだとか。その不思議な霧を抑える「魔具」を用意するため、まずは大樹を拠点としていたそうだけれど、居心地がよかったのか、研究が実を結んだあともそのまま大樹に居座ることにしたようだ。",70530,70430
31,小さな友人に愛をこめて,"『木々が生い茂ってる場所なら、カリカみたいに言葉が通じる文鳥がいるんじゃないかと思ったけど、それらしい鳥は見かけなかっただす』
 その言葉を聞いたカリカは、「人の言葉を話せる文鳥は吾輩だけなのです!」と、誇らしげに語っていた。ただ、普通の文鳥であれば古くより生息しているようで、アロアロ島では信仰の対象にもなっていたという。カリカと仲良くなるきっかけになればと思って、文鳥への祈りはないのかと尋ねてみたところ、渋々ながらも手順を教えてくれた。忘れないように、記録しておこう。
 神々の彫像が並ぶ場所を見つけたら、文鳥の彫像の前で「天空を舞う神よ」と唱えることで、祝福が得られるという。続けて、その場で文鳥の彫像に投げキッスをしたあと、神々の彫像を時計回りに1周巡り、最後に文鳥の彫像の前で踊りを披露するのが祈りの作法だという。カリカに投げキッスをしたら祝福を得られないだろうかと試してみたけれど、カリカは大きなため息をついてそっぽを向いてしまった。悲しい、こんなに僕はカリカのことが好きで、精一杯お世話もしているのに。もっと美味しいご飯を用意してあげればいいのか、それともめげずに毎日投げキッスをすればいいのか、あるいは……(カリカへの重い愛が延々と綴られている)",70531,70431
32,知恵の魚,"『まさか樹の中で魚が釣れるなんて……いつもは海釣りだけど、淡水魚との競り合いも面白かっただす!』
 カリカが言うには、マトシャが釣ってきたのは「フォロカイロ」という魚らしい。かつては、その硬い鱗を乾燥させて磨き上げ、算盤の珠として利用していたのだとか。しかも、焼いて食べるとすごく美味しいうえに、かつての島民たちは「食べると賢くなる」と考えていたらしい。それは本当に頭脳の明晰さに繋がるような効能があったからなのか、あるいは算盤の逸話に紐づけた験担ぎの一種だったのか、錬金術師として大変興味をそそられてしまう。
 マトシャから魚を預かり、さっそく調べてみたわけだけれど……残念なことに可食部はいたって普通の成分しか検出されず、とりたてて重要な発見はなかった。むしろ、この魚は鱗にこそ薬効があり、丁寧にそぎ落として乾燥させることで錬金素材として活用できるようだ。食べて賢くなりたいのなら、鱗を落とさず丸焼きにして食べればあるいは……とも思ったが、鱗はあまりにも硬すぎるし、味も酷いものだ。薬効を期待するなら、鱗を粉末にしてから練り上げて、丸薬として丸呑みにするのがよいだろう。",70532,70432
33,使い魔の歴史,"『あの妖精さんのせいで、酷い目に遭っただす。ううっ、もう二度と会いたくない……!』
 その妖精さんは、「スターチス」と名乗るはぐれ使い魔らしい。カリカも彼女の横暴ぶりには頭を悩ませていたそうで、妙な道具を持ち出して捕獲しようと迫ってきたこともあったのだとか。なんて極悪非道の存在なんだ……どうにか、彼女の罠を避けて進むことができないものか。
 カリカいわく、バイルブランド島の都市国家「ニーム」が第六霊災で崩壊したあと、幾人かの軍学者がアロアロ島へと避難してきたという。そうした歴史を鑑みれば、軍学者の使い魔であるフェアリーが島に渡っていたとしてもおかしくはない。とはいえ、通常ならば主の死によってエーテルの供給が断たれれば、使い魔は形を保てなくなるはずだ。スターチスが独りで活動を続けていたというなら、何らかのエーテル供給手段があったことになる。これも「自然を豊かにする力」と関係しているのだろうか。
 ちなみに、フェアリーのような使い魔を扱う技術は、のちに巴術士の「カーバンクル」を扱う技術の原型となったらしい。逆に遡れば、遥か昔に島で暮らしていたという「忘れられた人々」の木像型使い魔に行きつくというのだから、歴史の繋がりが感じられて、とても興味深いことだ。",70533,70433
34,信仰の名残,"『たどり着いた遺跡みたいなところは、どことなく神聖な雰囲気だっただす。アロアロ島の神々がおわす場所だったのかも……』
 サベネア島で言うところの、衆園の森にあるプルシャ寺院のような場所だったのかな……と、マトシャの話から想像を膨らませていたら、実際にアロアロ島の信仰にまつわる場所だとカリカが教えてくれた。その遺跡のどこかには儀式場のような場所があり、神々の彫像が飾られているのだとか。たとえば、海の生き物である「海亀」は神聖な存在として崇められていたから、その彫像もあるようだ。漁師であるマトシャは海と縁があるから、彫像を見かけたら海亀の神にお祈りしておくといいんじゃないかとカリカが提案していた。マトシャの安全祈願を手助けするためにも、その作法を記録しておこうと思う。
 まず、神々の彫像が並ぶ場所を見つけたら、海亀の彫像の前で「陸に生まれ海を行く神よ」と唱えることで、祝福が得られるという。続けて、神々の彫像を反時計回りに2周巡り、最後に海亀の彫像の前でお辞儀をすると、祈りの儀式は完了するそうだ。
 神々の彫像は、居住地跡にも点々と置かれていたようだけれど、その並びも含めて意味があったりするのだろうか……ともあれ、アロアロ島はラザハンと同じく、信仰が暮らしに根付いていたことが窺える。",70534,70434
35,ララフェル族だった魚,"『なんだか不思議な魚が釣れただす! 人の顔みたいにも見えて、愛嬌のあるかわいいやつだす!』
 マトシャとは今後とも良き友人でありたいのだけれど、残念なことに今回ばかりは彼と意見が一致しないようだ。アロアロ島で彼が釣ってきた魚は、正直なところ、僕としては不気味だなと感じてしまう。僕がかわいいと思うのはカリカみたいな子だから、どうやらマトシャとは「かわいさの基準」において、わかりあえないみたいだ。
 さて、そんな旧知の友人との悲しい亀裂はいったん置いておこう。この見るからに奇妙な魚のことをカリカに聞いてみたところ、かつてアロアロ島で暮らしていた人々が「ララウルス」と呼んでいたものらしい。なんでも、「嵐の日に水へと落ちたララフェル族が転じた存在」と考えられていたそうで、この魚のようになりたくなければ、嵐が来ているときに水辺へ近づいてはいけないと、子どもたちに語り聞かせていたという。ララフェル族が転じた存在というのが、万が一にも真実だったとすれば、それを錬金素材として使うのはさすがに人として憚られる。子どもたちへの訓えとして生まれた作り話だと信じたいところだけれど、なんとも複雑な心境だ。",70535,70435
36,黄金色に煌めく思い出,"『サベネア島では見たこともない、立派な黄金色の魚が釣れて……! これはもう、アロアロ島の「ヌシ」に違いないだす!』
 かつてアロアロ島では、幼児のあいだで熱病が流行ったことがあったという。その折、祭祀場で釣れた魚をつみれ汁にして、病に伏した子どもに食べさせたところ、たちまち回復したのだとか。しかも、それ以降は病を患わず、健康に成長していったという。以来、島で新たに赤子を授かると、祭祀場で釣れた黄金色の魚「ゴンベッサ」のつみれ汁を食べさせるのが習わしとなったそうだ。神子像の祭祀場は宝玉の力が色濃く表れやすいようで、この魚の効能も増しているものと推測できる。錬金素材としての価値も極めて高いということだ。
 マトシャとは幼少の頃からの付き合いなのに、仕事が違うこともあって、協力してひとつのことに取り組むような機会は長らくなかった。今回、彼と行動を共にできて、カリカというかわいい友人もできたし、珍しい錬金素材の分析もさせてもらえて、嬉しいことばかり……この手記も、マトシャたちの役に立てばと思って書き始めたものだけれど、気づけば思い出の一冊となった。きっかけを作ってくれたカリカとマトシャ、そしてアロアロ島への来訪を実現してくれた、かの冒険者殿に心から感謝を。",70536,70436
2026-03-02 23:57:13 -06:00
37,甘い風が吹く大地,"『古びた宮殿を目指し、歩みを進める若き商人。その頬を緑薫る風が撫でていく』
 『商客物語』は、イルサバード大陸南部のコルヴォ地方に伝わる有名な寓話です。この作者不明の物語は原型が形作られてから、数百年を経た今でも近東の子どもたちに人気があるのだとか。それだけ長い歴史を持っているが故に、語られる時代や地域によって、その内容には様々な違いが存在します。
 今回の「冒険」に先駆けて、ヌーメノン大書院に収蔵されていた複数の版を確認しましたが、展開や結末に複数のパターンが見て取れました。すべてに共通しているのは、「若き商人が愛する女性のために宝を探し求める」という大筋と、最初の舞台となるコルヴォ地方が「見渡す限り緑が続く、美しい場所」と描写されていることくらいでしょうか。実際、現実のコルヴォ地方は温暖で過ごしやすく、土は地力にあふれ、作物が多く実る豊かな土地として知られています。
 ただし、それだけ豊かな土地でありながらも、今回訪れた宮殿は放棄され無人でした。『商客物語』には、しばしばこのような廃墟が登場します。ある版では「宮殿跡」ではなく、「怪物に滅ぼされた村」が描かれていたのですが、寓話を通じて読者に自然や魔物の恐ろしさを伝えるという目的があったのかもしれませんね。",70537,70437
38,自在に空を舞う絨毯,"『金糸が織り込まれたその絨毯は、流星の如く静かに美しく夜空を舞う』
 宮殿から持ち帰った宝は「魔法の絨毯」でした。実際に妖精が操るところも見ていましたが、主の命令に従順すぎるほどに従い、空を自由に舞うことができる秘宝です。
 本の中で娘も語っていたように、これは「コルヴォ地方を治めていたとある王が妖精を調伏して作らせた宝」として、近東地域では広く伝わる品。ある民俗学者の研究によれば、この魔法の絨毯伝承は『商客物語』よりも古い時代から存在していたようです。つまり『商客物語』は、当時流布していた複数の伝承を取り込みながら創作された物語、という側面もあるのでしょう。であれば、この写本にもコルヴォの伝承や文化の影響が色濃く反映されているはず。文化的研究価値もある貴重な文献と言えます。
 ちなみに「魔法の絨毯」は、伝承を元に魔法技術によって再現しようという試みが行われていまして、近代になって実際に人を乗せることができるものも作られるようになったとか。あの妖精のように寝ているだけで、どこでも目的の場所まで運んでくれるのだとしたら便利ですが……寝相によってはずり落ちてしまいそうなのが悩ましいですね。",70538,70438
39,灼熱を秘めた大妖精,"『その妖精がひとたび立ち上がると、周囲は瞬く間に灼熱の炎に飲み込まれた』
 最後に戦った妖精は、あまりにも怠惰すぎる印象でした。だからこそ、従順な絨毯とは相性が良かったのかもしれません。ですが怠けていてもあの強さだったということは、本気で怒らせたらどうなっていたのか。軽く怒りの片鱗を見せただけでも火の雨が降り注いだほどでしたから……もっと酷いことが起きたに違いありません。……あまり考えたくはないですね。
 ちなみに、近東地域に広く流布している伝承によれば、「コルヴォ地方を治めていたとある王」は妖精を調伏して従えることに成功し、自分のために魔法の絨毯を作らせたと言います。今回のように倒すことはできても、あのものぐさな妖精に言うことを聞かせるだなんて、件の王様はどんな方法を使ったのでしょうか? この手の異種族との交流を扱った別の伝承では、特定の複雑な手順を踏むことで臣従の誓いを立てさせるものもあります。有名なものでは、第一に敵意がないことを仕草で示し、第二に合言葉を述べ、第三に心解きほぐす芸事を披露する……といったものが伝わっていますが、あのものぐさ妖精には通じないでしょうね。",70539,70439
40,芳醇な香りの果実,"『商人は護衛を労うため、瑞々しい果実をひとつ手にとって差し出した』
 道中にあったリンゴやブドウは、オールド・シャーレアンで食べられるものとは味こそ似ていたものの、食感が少し異なりました。それもそのはず、私が普段食べているのはラヴィリンソス産だからです。
 ラヴィリンソスは、人にとって過ごしやすいイルサバード大陸南部、つまりコルヴォ地方の環境を再現した場所。そこで栽培される果実も、その大半がコルヴォ地方に由来する品種なのです。ただし、この装飾写本が作られた時代から、現代に至るまでの間に果実も品種改良が進んでいます。似てはいるが少し違うと感じたのも、そのあたりが原因でしょう。
 つまり私が本の中で食べたのは、古い時代にコルヴォ地方で栽培されていた「原種」のような存在だということ。当地で栽培されている作物は、ガレマール帝国の支配下で様変わりしたとも聞きますし、失われている可能性すらあるでしょう。そんな貴重な作物を文字どおり「手にとって」調べることが可能なのですから、この装飾写本には知られざる史料的価値がありそうです。シャーレアン魔法大学で農学を研究する知人にも、情報を共有してみないといけませんね。",70540,70440
41,水光きらめく大海原,"『波に揺れる水面が、海辺に散る貝殻が、それぞれに陽の光を返して輝きを競い合った』
 目に映るものすべてが宝石のように輝く、本当に美しい海でした。私たちが訪れたのは日中でしたが、夜になればきっとまた違う美しさを見せてくれていたのでしょう。実際、コルヴォ海峡沿岸の一部地域では、長い時間を経て堆積した微生物の死骸と環境エーテルの影響で、岩肌が薄桃色に染められている場所もあるのだとか。自然というものはなんとも不思議で、面白いものですね。
 ちなみに、私が確認した数冊の『商客物語』のうち、ラザハンで刷られた版には、美しい海が舞台として描かれていました。ただし、物語の流れは今回体験したものとは大きく異なっています。その版では、珊瑚の洞窟を抜け、巨大な巻貝の中に入り、ヒトデの誘いに乗ると海の底に導かれ、海の王から桃色に輝く真珠を賜り、娘のところに持ち帰った……という流れになっていました。珊瑚も巻貝もヒトデも真珠も、すべて今回の道中にありそうでしたが、取り立てて大きな意味は持っていないように見えましたね。もしかしたら、これらの要素がより重要なものとして描かれる展開もあり得たのでしょうか。",70541,70441
42,海の民に護られた宝玉,"『珊瑚の台座に守られたその宝玉は揺らめく光を纏い、見る者を吸い込まんばかりに魅了した』
 人魚が落としていった宝玉は、不思議な輝きを放っていました。珊瑚の台座すらも美しく、白とも青とも桃色とも言えるような色味で、あの海のすべてが詰まったようにも感じられました。あれは真珠の一種だったのでしょうか……あの大きさの真珠となると、その貝は……さすがはあの栄養豊富な海で育ったものですね。持ち帰る際に近くでじっくり見る機会がありましたが、傷ひとつなく、海の底でも大事にされていたことがわかりました。
 残念ながら、あの宝玉では娘の心の虚を埋めることは叶わなかった……というところで、今回の物語は終わっていました。あのあと、商人は宝玉をどうしたのでしょうか。届かずとも構わないと娘に捧げたのか、それとも娘の言葉どおりに商いに用いて富を得たのでしょうか。あれほどの宝玉なら、きっと莫大な富を得られたと思いますが……それでも娘には響かなかったということは、彼女が求めているのは美しいものでも、高価なものでも、希少なものでもないのかもしれません。",70542,70442
43,七色の海を統べる人魚,"『海を統べる人魚が歌うは、嘆きの歌……その悲痛な調べが、商人たちの胸を締めつける』
 最後に戦った人魚は、どこか悲しげな様子に見えました。道中で遭遇したランプの精がやけに楽しげだったので、余計にそう思えたのかもしれませんが……物語の展開とはいえ、その暗さを帯びた眼差しの裏にある事情が気になるところです。
 ちなみに人魚にまつわる伝承は、コルヴォ地方に限らず世界各地に存在します。中には人を惑わし、海に引きずり込んでしまう危険な存在として描かれた言い伝えもありますが、人と友好的に交わる人魚伝説も少なくありません。だとすれば、装飾写本に描かれていたあの人魚も、展開次第では意思疎通を行い、友好関係を結ぶこともできたのではないでしょうか。
 戦いの中で、件の人魚は歌を通じて海の生き物たちを操っていたようでした。つまり、音楽を楽しむ文化を持っているということです。言葉が通じずとも、旋律に想いを乗せることができればあるいは……。とはいえ、地上から歌ったところで、水中にいる人魚の耳に歌声を届けることはできないはず。何らかの方法で、海の底まで音を響かせることができれば良いのですが……。",70543,70443
44,豊かな海の幸,"『目利きの才ある商人にとって、その豊かな海は宝の山も同然に思えた』
 美しい光景に目を奪われがちですが、今回旅した海の豊かさもまた目を見張るものがありました。森のように海藻が茂り、きらめく魚の数は知れず、大鋏を持ち上げる蟹の姿まで……まさに食材の宝庫と呼べるほどです。熟練の調理師であれば、現地で採れる食材だけでフルコースの料理を作ることができるのではないでしょうか。
 とはいえ不思議なことに、あれほど豊かな漁場でありながらも漁師の姿は一切見かけず、出会うものと言えば襲いかかってくる危険な生物ばかりという有り様……。『商客物語』の主人公と同様に、私は戦いに関しては不得手ですから、腕利きの護衛として頼れるあの方に同行を願ったのは正解だったようです。
 今回は人と出会わなかったものの、たまたま私たちが訪れなかっただけで、付近には人々が暮らす漁村があったのかもしれません。地元の住人たちの暮らしぶりを覗き見ることができたなら、どんな海の幸を、どんな調理法で食べていたのか知ることもできたのに……そう思うと少し残念ではあります。",70544,70444
45,磁場に揺れる渓谷,"『その渓谷では驚くべきことに、大きな岩が軽々と宙に浮かび、小さな石が重々しく地に沈む』
 奇景と呼ぶに相応しい場所があるとすれば、あの渓谷はまさにその好例でしょう。磁力を帯びた岩と、環境エーテルが相互に作用し、重々しい岩を空中に浮かび上がらせていたのですから。とはいえ、そのバランスが何かの拍子に崩れれば、宙に留め置かれた岩々が一斉に落ちてくる……本当に驚くべき土地でした。
 そんな土地で戦ったのは、腕の立つ剣士。渓谷の奥で長らく戦える相手を待ちわびていたのか、出会い頭に問答無用で襲われてしまいましたね。近東では、挨拶のため「お辞儀」をするのが礼儀ですが、そんなことをしていたら、あっという間に斬り伏せられていたことでしょう。
 帰ってきてから調べてみたところ、かつてのコルヴォ地方には「剛剣」という伝統剣術を修めた者たちが修行をする渓谷があったようです。その土地に足を踏み入れた者は、誰であろうと戦い合わなければならず、一定期間を過ごした後に渓谷から無事に出てくることができれば、それだけで優れた剣客であることの証明になったのだとか。なんとも恐ろしい話ですね。",70545,70445
46,紋が刻まれし刃,"『その刀身には、複雑な文様が隙間なく刻み込まれていた』
 渓谷の奥地から持ち帰った宝は、「ソードマスターの剣」でした。装飾も美しく、美術品としても価値がありそうでしたが、やはり一番の特徴は刀身に刻まれた文様でしょう。「剛剣」という流派は、武器にエーテルを込めて攻撃を放つ一種の魔法剣のような剣技を使ったとされています。おそらく、この魔法的文様によって、剣に込められたエーテルを圧縮することで、技の威力を高めていたのでしょう。
 そうした剣技の背景を知ることで、あの土地が剣士たちの修行の場となっていた理由も推測できそうです。渓谷の岩は、空中に浮かび上がってしまうほど強い磁力を帯びていました。そこに雷属性のエーテルを流し込めば磁力を強めることができる。逆に磁力を弱めたければ、土属性のエーテルを流し込めばいい。このようにして岩を操作する術を学ぶことが、剛剣の習熟に直結していたのでしょう。
 今回の旅の道中にも、浮き沈みする特性を持った岩が地面に転がっている場所がありました。剛剣使いの修行を体験するつもりで、あの岩にエーテルを充填できるか試してみるのも面白そうですね。",70546,70446
47,伝説の剛剣を極めし者,"『剛剣使いは、一振りの剣を握るが、その刃は無数にあると知れ』
 最後に戦った剣士は、コルヴォ地方に伝わる古式剣術「剛剣」の使い手でした。まさかこの目で見ることが叶うとは思っていなかったので、本当に驚きました。というのも、現実の剛剣使いたちはガレマール帝国との戦いの中で、次々と斃れていってしまったからです。少数の生き残りもいたようですが、帝国の圧政に耐えかねて反乱を起こしては粛清されていき……ついには最後の「ソードマスター」も囚われの身となり、後に非業の死を遂げたのだとか。かつて剛剣使いたちは、王族に対して忠誠を誓うため、演武を捧げたとも伝え聞きますが、そうした伝統文化も絶えてしまったというわけです。
 演武と言えば、私が読んだ子ども向けの『商客物語』の装飾写本の中には、虹色に輝く演舞台にたどり着く、といった展開が描かれたものもありました。それは王族向けのものではなく、異種族に捧げものをする儀式の場でした。王が武を求めるのだとしたら、異種族は何を人々に求めたのでしょうか。文化的な背景を知ることで、物語の展開を先読みして、本の中での行動に活かすこともできるかもしれませんね。",70547,70447
48,過酷な環境に生きる種,"『岩さえも宙に浮く渓谷では、次の一歩を踏み出すという小さな選択さえ命を脅かす』
 どんなに過酷な環境であっても、そこに適応して生き延びる種はいるものです。そして、これは私の持論なのですが、強い生命力を持つたくましい生き物は、とっても美味しい! ということで、渓谷の岩肌に張り付くように生えていたキノコを試してみたのですが、控えめに表現しても絶品でした。見た目も手触りも固い岩のようでしたが、口に含むと、フワッとほどけるように溶けたんです。もちろん良かったのは食感だけではありません。風味が濃厚でしたので、香り付けとして様々な料理で活躍してくれそうです。
 現実世界でも似たものがないか図鑑で調べてみたところ、見た目がそっくりで、強い幻覚作用のあるキノコが見つかりました。もとより幻を紡いで出来上がった本の中の世界ですから、幻覚作用までは再現できていなかったということでしょうか。何にせよ、見知らぬキノコを、ホイホイと食べるのは危険ということですね。岩が宙に浮く渓谷を進む際に、次の一歩を踏み出す先が崩れないか注意しながら進むように、口に入れるものについては慎重に選ぼうと反省した次第です。",70548,70448
49,持ち帰った真の宝,"『煤まみれの皿こそが、娘にとって、真に計り知れぬ価値ある品であったのだ』
 海沿いに佇む灰まみれの廃墟は、物語の冒頭に登場した「娘」の生まれ故郷でした。村の住人たちは人魚たちと祭壇を通して交流し、陸と海の産物を交換して共存していたようです。ですが、あるとき怪物ダンダーンが現れ、その暮らしが脅かされるようになりました。勇気ある若者が村を救う力を得るべく、山籠もりの修行に出たそうですが、怪物が待ってくれるはずもなく……結局、村は滅びてしまったようです。そして、家族と故郷を喪った娘は、物語の出発点となるあの街へと流れ着いたのでした。
 そんな境遇の娘にとって、どんな宝も哀しみを癒してはくれません。ですが、煤まみれの皿は、家族の想い出を呼び起こすのに十分であり、過去と向き合い、未来に目を向ける切っ掛けとなりました。そして、そんな真の宝を命がけで持ち帰ってきてくれた若き商人こそ、信頼に足る人物と映ったのでしょう。
 依頼の品を持ち帰るのがグリーナーの使命ではありますが、依頼主さえ真に望む品が何かわかっていない場合があるようです。依頼人の心に寄り添い、真に「計り知れぬほど価値ある品」を見出す――父が示してくれた理想に向けて、私は歩んでいこうと決意したのでした。",70549,70449